みなさん、こんにちは。
相続手続きカウンセラーの山原です。
前回のコラム(親が残した借金の調べ方)の最後に、親の残した借金を相続しない方法として「相続放棄」という手続きがあるとお伝えしました。
すでに相続放棄を考えている方、遺産を調べていて借金の事実を知った方、借金のある親が亡くなったらどうしたらいいのだろうと不安に思っている方などが間違った選択をしないためにお読みいただきたい内容です。
■3つの選択肢
まずは相続が発生した場合に相続人に与えられた3つの選択肢について説明します。
- 単純承認
- 限定承認
- 相続放棄
●単純承認
相続人が故人(被相続人)の不動産や金融資産といったプラス財産等の権利や、借金等マイナス財産の義務をすべて受け継ぐことです。
例えば、相続財産が現金1,000万円と借金1,500万円だけだった場合、そのまま現金1,000万円と借金1,500万円を相続します。
単純承認は、相続があったことを知った時から3カ月以内に「限定承認」や「相続放棄」をしなかった場合や、故人の財産を処分したときに「単純承認した」とみなされるため、多くの方は特別な手続きをすることなく単純承認を選択していることになります。
●限定承認
故人(被相続人)からの相続によって得たプラス財産の範囲内でマイナス財産を受け継ぐことです。
例えば、相続財産が現金1,000万円と借金1,500万円だけだった場合
限定承認をした相続人は1,000万円を限度としてマイナス財産を負担します。この例では1,000万円を超える500万円の債務に関しては負担しません。
■限定承認のメリット
全体としてはマイナス財産が多いけれど「自宅に住み続けたい」「これからも店舗や工場で事業を営んでいく」など、どうしても手放すことができない財産があるような場合に限定承認することで(金銭以外の相続財産は競売にかけられることになりますが、相続人は先買権が認められているため)残せる可能性がある点がメリットにあげられます。
また、限定承認は相続放棄と異なりマイナス財産の負担額に条件を付けているだけなので、後からプラス財産が見つかったときはそれらを相続することができます。プラス財産・マイナス財産のどちらも見つかる可能性があれば限定承認をしておくことで柔軟に対応できる点はメリットと言えるでしょう。
■限定承認のデメリット
限定承認を申述する人は例年7~800件前後で相続放棄に比べてかなり少なくなっています。その理由に直結するデメリットは以下のようなものがあります。
- 不動産などに対し、時価で譲渡が行われたとみなされ含み益に譲渡所得が課される
- 相続人全員で行わなければならず、1人でも反対したら限定承認は行えない
- 専門家への手数料など費用がかさむ
- 限定承認が認められる条件が厳しい
■限定承認の手順
限定承認は以下のような手順で行います。
■財産目録および限定承認申述書の作成
申述書等は裁判所のホームページからダウンロードすることができます。
相続の限定承認の申述 | 裁判所 (courts.go.jp)
■家裁へ申述書の提出
相続人全員で申し立てる必要があります。
ただし、相続放棄との組み合わせは可能なので限定承認が不要な方がいれば先に相続放棄の手続きをしてもらいます。
■限定承認の受理
申立て内容に問題がなければ家庭裁判所から「受理通知書」が届きます。その際に併せて相続人の中から1名「相続財産管理人」が指定されます。
■債権者へ官報公告・催告
限定承認申述が受理されるとすみやかに相続財産の清算手続を始めなければなりません。
債権の届け出をしてもらうため、まず5日以内(共同相続のため職権で相続財産管理人が選任された場合は10日以内)に官報で「被相続人に対して債権があれば請求してください」という内容を広告し、判明している債権者には書面で伝えます。
■相続財産の競売・換価
預貯金を解約し、不動産等は競売にかけるなど相続財産を現金に換えていきます。
■先買権の行使
自宅や店舗・工場など相続人がどうしても手元に残したい財産については、家庭裁判所が選定した鑑定人の決めた価格を相続人自身の固有財産から支払うことができれば「先買権」を行使することでその財産の競売を中止し優先的に取得することができます。
■債権者への弁済
公告期間終了後、債権者に対して換価処分した財産で弁済していきます。すべての債権者に全額支払い切れない場合には、それぞれの債権額の割合に応じて案分弁済することになります。
このように限定承認の手続きは非常に煩雑で、誰でも簡単にできるものではありません。限定承認を検討する際は早めに専門家へご相談されることをお勧めします。
●相続放棄
故人(被相続人)の財産を一切受け継がないことです。
プラス財産以上の多額な借金があるなど相続することで不利益を被ることが明白な場合は、相続放棄で相続権の一切を放棄することができます。つまり、親の残した借金は必ず子が返済しなければならないということはないのです。
ただし、相続放棄すると最初から相続人ではなかったことになるので、当然ですが「借金だけ相続放棄する」ということはできません。
例えば、相続財産が現金1,000万円と借金1,500万円だった場合、相続放棄をした相続人はどちらも相続しません。
相続放棄の手続きのなど詳細は次回のコラムでお伝えします。
■借金以外に相続放棄をする理由
■司法統計によると相続放棄の受理件数
司法統計によると相続放棄の受理件数は年々増加しており、平成元年(1989年)に約4万件だったものが令和2年(2020年)には約23万件と5.75倍にもなっています。
なぜこんなにも増えているのでしょうか。
私が相続の勉強を始めた当初、ほとんどの方は借金を手放すための手段として相続放棄を選択されているだと思っていました。しかし、相続放棄を希望される方のお話を聞くとそれだけが理由ではありませんでした。
■相続放棄の理由①「疎遠な親族の相続に関わりたくない」
以前相談にこられた40代女性Aさんは、「巡り巡って叔父の法定相続人となってしまったが日ごろ疎遠な親族の相続に関わりたくない」という理由で放棄を希望されていました。
たくさんの相続放棄の実務サポートをされている司法書士さんの話では、最近は親族間の関係性も薄くなりがちでこのような理由は決して珍しいことではないそうです。
昭和のサスペンスドラマのように親族一同が遺産を巡って殺人まで起きるような展開とは逆に、遠い親戚の財産は『自分に無関係』と考える人が増えてきたのかも知れません。
■相続放棄の理由②「住む予定のない古い実家を相続したくない」
また、50代男性Bさんは「祖父の代から住んでいる古い実家を相続したくない」という理由で相続放棄をお考えでした。
- 実家以外にこれといった財産がない
- 自分には持ち家があり今後も住む予定がない
- 実家が遠方で維持管理が難しい
- 固定資産税を払いたくない
- 空き家のリスク(放火、失火、不法投棄、不法侵入)が怖い
- 売れる見込みがない
Bさんに限らず、上記のような事情で地方に住む実家の両親が亡くなり売れないまま空き家として放置してしまういわゆる『負動産(ふどうさん)』が大きな問題になっています。負動産とは「負債」と「不動産」を足した造語ですが、大切な場所であったはずの実家をこう表現するのは忍びないですね。
■相続における不動産のルールが変わります
実は、相続により発生している「所有者不明土地問題」と解消するために2023年4月から不動産に関するルールが大きく変わっていきます。
Bさんの場合、司法書士から「相続放棄をしても空き家の管理義務が残る場合がある」という説明をうけて最終的に相続放棄は選択されなかったのですが、ルールがぼんやりしていた「管理義務」についても法改正されます。
他にも『相続土地国庫帰属制度の創設』『相続登記の義務化』など、順次こちらのHPコラム内でお伝えしていきますので、名義変更していない不動産をお持ちの方などご自身に関係する法改正がないか要チェックです。
次回は「失敗できない相続放棄の基礎知識」についてお伝えします。
(2023年3月5日時点の情報に基づいています)