みなさん、こんにちは。
相続手続きカウンセラーの山原です。
前回のコラム「相続放棄の基礎知識」でお伝えしましたとおり相続放棄は親の借金で悩んでいる方などには有効な手段ですが、
「やり方も分かったし、相続放棄すればすべて解決!」
と、簡単に考えてはいけません。
本日は思い込みやよくある勘違いで後悔しないために「相続放棄の落とし穴」についてお伝えします。
■それは相続放棄ではありません
お父様からの相続についてご相談にこられたSさんが
「高齢の母には相続放棄してもらったので兄弟で遺産を分けたのですが・・・」
とお話を始められました。
しかし、よく聞いてみると相続人で行う遺産分割協議においてお母様に「何も相続しない」ことを同意してもらい、遺産分割協議書に署名捺印してもらっただけということがありました。
また、親御さんがご健在のうちから
「私は相続放棄しているので親が亡くなっても相続には関係ありません。」
とおっしゃる方もいます。
ですが、前回のコラムでも触れたように相続放棄は相続発生後に生まれる権利のため親が存命中に相続放棄の手続きはできません。ですから家族の話し合いの中で「遺産はもらわない」と口約束していることを「相続放棄」だと勘違いしているケースなどが考えられます。
これらはどちらも「相続財産の放棄」であって「相続放棄」ではありません。
相続財産の放棄と相続放棄の大きな違いの一つはマイナス財産を承継するかどうかです。相続財産を放棄しただけでは「相続人の地位には変わりがない」ので、親に借金があった場合(後から借金が発覚した場合も含め)、債権者からの支払い請求を拒否することができません。
一方、「相続放棄」は家庭裁判所へ3ヶ月以内に申立てをして「相続人の地位を放棄する」ことです。相続人でなくなることで借金などのマイナス財産を承継しなくてよくなるのです。
「相続財産をもらわないこと」と「相続放棄」はまったく別物ということを知っておいてください。
■自分が相続放棄すれば万事OK?
借金を相続したくないとき、自分が相続放棄すれば問題解決なのでしょうか。
「相続放棄したあとはどうなるの?」
という疑問がでてきますよね。
ここで法定相続人の範囲と順番が重要になってきます。
相続人の範囲や法定相続分は、民法で定められています。
<常に相続人> 配偶者
まず、死亡した人の配偶者は常に相続人となります。
配偶者以外の人は次の順序で配偶者と一緒に相続人になります。
<第1順位> 死亡した人の子供
その子供が既に死亡しているときは、その子供の直系卑属(子供や孫など)が相続人となります。子供も孫もいるときは、死亡した人により近い世代である子供の方を優先します。
<第2順位> 死亡した人の父母や祖父母など(直系尊属)
父母も祖父母もいるときは、死亡した人により近い世代である父母の方を優先します。
※第2順位の人は、第1順位の人がいないとき相続人になります。
<第3順位> 死亡した人の兄弟姉妹
その兄弟姉妹が既に死亡しているときは、その人の子供が相続人となります。
※第3順位の人は、第1順位の人も第2順位の人もいないとき相続人になります。
<第4順位> なし
第3順位の人もいないときは「法定相続人がいない」という状態になります。
例えば、相談者A子さん(家系図参照)の父親が多額の借金を残して亡くなったとします。A子さんは同じく法定相続人である配偶者(A子さんからみて母親)と相談し、二人で相続放棄しました。
第1順位のA子さんは一人っ子で子供も居おらず
第2順位の父親の両親はすでに他界しており
第3順位である父親の兄も亡くなっている
このような場合、相続権は被相続人の父からみて姪や甥に移ります。
(相談者A子さんの家系図)
つまり、A子さんたちが相続放棄した結果、事情をよく知らない甥や姪が法定相続人となり、気づいたときには「借金を相続していた」ということになりかねません。
姪や甥からすると、ある日突然、疎遠だったおじさんの相続人になって借金の請求書が届くなんて恐ろしいですよね。
相続放棄せざるを得ない状況を親族に説明することは辛く勇気の要ることで、躊躇されるのは致し方無いことだと思います。
ですが、親族を巻き込んで不幸にしてしまう可能性があることですから、かならず影響のある人に対して事前に状況を説明して順番に「最後のひとり」まで相続放棄をしていく必要があります。
この相談者A子さんのケースで「最後のひとり」は甥・姪です。甥・姪が相続放棄をして相続権を失うとそれ以上広がることはありません。
尚、相続放棄に「代襲相続」は適用されませんので、仮にA子さんに子供のBさん(被相続人からみて孫)がいたとしてもBさんまで相続放棄する必要はありません。
また、配偶者が相続放棄をしても誰かに相続権が移ることはありません。
相続放棄の手続き自体は個々がそれぞれで行うことができますが「本人」だけの話では事が済まないという事を知っておきましょう。
■これをすると相続放棄が認められない?!
「相続放棄」は家庭裁判所に申述すれば必ず認められるというわけではありません。
まず、基礎知識として3ヶ月の期限を超えると基本的には受理してもらえないことをお伝えしましたがそれ以外にも認められないことがあります。
それは相続財産を処分してしまった場合です。相続財産の処分とは、財産の現状や性質を変える行為のことで、遺産の一部でも処分してしまうと「単純承認」とみなされ相続放棄をすることができなくなってしまいます。
具体例を聞くと(まさか、こんなことも!?)と思うような事例もあるため注意が必要です。
■亡くなった人名義の財産を処分した
- 自宅の名義を変更した
- 車を売却した
- 口座から預金を引き出して使った
■亡くなった人がもらえるはずだった以下のようなお金を受け取った
- 亡くなった人が払いすぎたために還付される税金、保険料
- 亡くなった人が受取人になっている保険金や共済金
- 亡くなった人が第三者に貸付けていたお金の返済金
■亡くなった人の債務を相続財産から支払った
- 亡くなった人が滞納していた家賃を払った
- 亡くなった人に届いた請求の支払いをした
- 借金の取り立てに応じて一部返済した
■遺品を隠匿した
- 高額な時計、宝飾品、貴金属を持ち帰った
- 絵画や骨とう品を意図的に隠した
長年お世話になった恩人から借りたお金だけは返済しておきたいと数万円を返したことで単純承認したとみなされ相続放棄が認められなかった事例や、高額な遺品を形見分けと称して持ち帰った結果、相続放棄が取り消された事例もあります。
形見分けで親が愛用していたメガネや本などをもらったような場合は問題ありませんが、相続放棄を検討されている場合には慎重に確認しましょう。
尚、相続放棄が認められなかった場合でも、2週間以内であれば即時抗告をすることができます。このような場合は相続問題に詳しい弁護士などにご相談されることをおすすめします。
■やっぱり相続したい!と思ってもあとの祭り
主に借金の相続を回避するために行われる相続放棄ですが、相続放棄の手続きをした後で
「やっぱり相続放棄しなければよかった・・・」
「どうにか相続放棄を取り消せないか」
と思われる方もいます。
しかし、相続放棄が家庭裁判所に受理されると相当な理由がない限り取消も撤回もできません。相当な理由とは他の相続人から相続放棄するよう脅されたり、多額の借金があると騙されて手続きしたような場合です。
「相続放棄をした後に借金以上の財産が見つかった」
「やっぱり住み慣れた自宅を手放したくない」
このような理由で相続放棄を覆すことはできません。
仮に相続放棄を自由に取消または撤回できるとすると、相続放棄の結果として新たに相続人になってしまった人や、債権者などはその法的な地位が不安定になってしまいます。そのため、原則として相続放棄の取消はできないことになっているのです。
期限に遅れて相続放棄できなくなることには注意が必要です。
ですが、財産の全容が分からないうちに慌てて相続放棄をしてしまい後悔することがないよう、相続放棄前には亡くなった方の財産を慎重に確認し見落としているものがないか調べてから手続きを進めてください。
■まとめ
相続放棄のポイントを5つにまとめると以下のようになります。
① 亡くなられた方の財産内容は正確に把握する
② 相続放棄を検討するなら相続財産には手を付けない
③ 3ヶ月の熟慮期間を過ぎないように手続きする
④ 相続放棄で影響のでる人(相続人になる人など)へ知らせる
⑤ 相続放棄のチャンスは1度きりと心得る
相続放棄は申述の申し立てが認められず却下されると二度と申し立てができません。
法的な手続きを間違いなくできるか不安な方や、そもそも相続放棄した方がいいのか判断が難しい方などは早めに相続放棄に詳しい専門家へ相談して慎重に進められることをオススメします。
(2023年3月31日時点の情報に基づいています)